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森昭木材が若者と取り組んだプロジェクトはSGEC森林認証の申請書類の作成だった。
そのプロジェクトに手を挙げたのは、高知大学農学部1年生の男子学生。高知県安芸市出身の大工の息子だ。参加の動機は、林業に関わり体験すること、そして高知の林業をたてなおすヒントを得ること。森昭木材の近くの集会所に住み、4週間のインターンシップをおこなった。
インターンシップの初日と3日目は、デスクワーク。学生は「インターンって、こんなもんかって思った」と振り返る。
そんな中、3日目には社長と共に木造住宅の研究会に参加する。製材業だけではなく、林業に関わる仕事をする社会人との勉強会は、予想以上に刺激的だった。この日以降、時には、県外の会へ参加することも。
道中の4〜5時間、社長と1対1で林業の現状や高知県の林業の将来などを語り合ううち、逆風と思われがちな林業を「これからは林業の時代、チャンスだ」と言い切る社長の言葉に、課題になっているSEGC認証の取得の意味が腑に落ちた。
高知の林業の未来が明るく感じられるようになった。
インターン3日目にしてエンジンのかかったインターン生は、森昭木材の山や工場について調べあげ、ちょうど3週間で申請書を全て作り上げた。
「実は、大学生が来ると聞いても期待してなかったが、こんな真摯な大学生がいるのだと、驚いた。会社の雰囲気ががらっと変わった」とインターン生のSV、専務はいう。
受け入れ先も学生も、インターンシップは初体験。手探りでのスタートになったが、経営者と語りあう時間が増えれば増えるほど、仕事へのモチベーションにつながった。
製材業といえども、重労働。工場で働く22人の社員を支えるのは、社長、奥さん、そして社長の息子である専務の3人。そのため事務所は忙しく、インターン生にかまえない時もあった。
しかし、事務所にインターン生が入ることで「仕事を任せる」「仕事を教える」「テコ入れする」など、緊張感が生まれた。家族経営にありがちな「甘え」が減る。工場で働く社員たちは、貪欲に知ろう、学ぼうというインターン生の姿勢を見て背筋が伸びる。
インターンシップの最終日、嶺北では森林環境税のブロック会議がおこなわれた。
県民から年間500円集め、間伐や環境教育に役立てる森林環境税は5年前に施行され、次の5年への節目を迎えていた。今まで5年間の取り組みでどんな効果があったのか、そしてこれから何が求められるのか。森林を育む地域や県民から直に声を聞く全県の大会に向け、県内4ブロックでプレイベントがおこなわれた。
嶺北ブロック会議に地域の代表の一人として参加したインターン生は、林業に関わる社会人に混ざり、小中学生向けの環境教育の必要性を発表した。嶺北の人でもなく、林業に従事するわけでもない若者の発言だったが、嶺北地域の方々に受け入れられ、環境税の全県大会に嶺北代表のパネリストとして参加することが決まった。
20代の若者がごっそり抜けている地域では、いるだけでありがたがられることもあった。
寂しい集会所での一人暮らしを紛らわすためにラジオを会に行った電気屋さんは、数ヵ月後に行った時にも覚えていてくれた。毎晩通った定食屋さんは、インターンが終わり市内に帰あいさつすると「また来てよ」とごはんを食べさせてくれた。
インターン生によくしてくれた町の社会福祉協議会の職員は、「高齢者大学」の中でインターン生が発表する場をセッティングした。普段はお医者さんや大学の先生などがレクチャーに来るのだが、その日はよその若者が嶺北の未来について熱心に語った。参加したおばあちゃんたちは「今回が一番よかった」と目に涙をためてお礼を言っていたという。
一定期間地域に住み、仕事にくるインターン生は、はっきり言って「よそ者」。テレビも洗濯機もない集会所に住み、毎朝元気に自転車で出社する。会社の中では、素直にいろんなことを吸収する。
インターン生が育つ場所は、会社だけではない。多様なコミュニティの中で、多くのことを学ぶ。
夏休み3週間の短いインターンシップを終えた学生は、引き続き森林環境税の会に出たり、大学の環境教育のサークルを立ち上げたりと活動を続けていた。
次のステップを考えた時、自分の軸が見えてきた。
「インターンシップの目的は、自分に知識やスキルをつけることだった。意欲のベクトルが自分に向いている。でも、インターンシップに参加して感じたことは、受け入れ先や近所の人のありがたみ。自分を育ててくれた地域に、今度は恩返しする」そう思った元インターン生は、もう一度森昭木材でインターンシップをすることを決める。「今、自分の意欲のベクトルは、嶺北地域やお世話になった人に向いている」
インターン生がそう思う頃、受け入れ先の社長もインターンの次の可能性を感じていた。「若者と一緒なら、日頃考えていた森を守るための革新的なプロジェクトができるのではないか」
森を守るには、木を使う。しかし、最近は木材建築の設計士が減っている。大学の建築科へ通っても、木造建築士にはなれない。「それならば、山だらけ木だらけの嶺北に設計士の卵を集めて、滞在型のセミナーを開こう。若者が参加する企画なら、同じ若者が企画しサポートにまわるのがいい」
目標のイメージを社長と共有することからはじまり、社長の思いに共感した元インターン生は、2007年2月、再びインターンシップとして設計士セミナーのプロジェクトをスタートさせた。
今度は、教えてもらってこなす仕事とは違い、今までにないものを生み出すプロジェクト。企画をたて、仲間を集め、協力者を募り、資金調達もしなければいけない。
会社の営業部として県内外を飛び回る。自ら考えて、自ら動く
定期的に、社長や協力者と方針を共有する。 去年のインターンシップとの違いは、「新しいことを任せる」ということ。3週間のインターンシップ中にできた信頼関係が、任せる仕事のハードルをあげ、
学生もそのハードルを飛び越えようとする。そして、「彼がおもいっきりやって、もし資金が集まらんかっても、どないかする」と、ただ丸投げするのではなく、最終的な担保になってくれる。
ゼロから企画をたて、林業や設計に関する人に会ってまわっていると、いろんな人が共感してくれた。この企画への資金提供をするからうちを主催にしてくれという団体もいた。最終的に県内の団体から約100万円の補助金を受けることが決まった。
井上君が嶺北で3週間のインターンシップを経験してからちょうど1年。「森の未来に出会う旅―森から学ぶ木造建築等の設計士セミナーin嶺北」がはじまる。
2007年9月に嶺北で開催するこの設計士セミナーには、全国から約20人の設計士の卵が集まり、1週間かけて嶺北の森や設計を学びにくる。
9月2日、嶺北本山町の沢ヶ内小学校に、全国から18人の参加者が集まり「森の未来に出会う旅」がスタートした。
都市部の大学生、建築家を目指す若者などを、高知大学の学生スタッフ10名と、地域の方々約20名が出迎えた。プログラムでは、木を育て、管理、伐採、加工、そして家になるまでの流れを見せた。実際に山に入ってのこぎりで間伐をしたり、大工の伝統技術の組み手を作ったり。最終日には、木のコンビニや森と共生できるまちの提案など、参加者がチームごとに森と人の未来を発表した。
セミナーの会場であり、宿泊所である廃校を利用した沢ヶ内小学校は、地域が無償で提供してくれた。毎朝届くあたたかい朝食は、近所の婦人会のお母さんたちが作ってくれた。休み時間に、学校の前の川に飛び込んで遊んでいると、「子どもらがおるんかと思うたわ。廃校になる前、子どもらぁがよう遊びよった」と近所の人が声をかけてきた。
セミナーの先頭を走った井上君は、「全国各地に、森の未来について語れる仲間がこんなにできた。今は、どうやって5年続けるかを考えている。来年のセミナーのスタッフに手を挙げてくれる参加者もいるし、ぜひ一緒にやっていきたい」と次の目標を語った。田岡さんは「このセミナーの素晴らしかったことの一つ、それは地域を巻き込めたこと」。
この企画を5年続けると、嶺北で学んだ木材建築の設計士が100人生まれる。100人の強力な応援団をつくることが、5年後の嶺北、高知の未来をかならず変える。
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